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I LOVE YOU TO THE MOON AND BACK

いろいろメモ。映画、読書、展覧会、パリの街角から。— だいたい週1〜2回更新目標。

マーティン・スコセッシ「沈黙」★★★★☆ 

遠藤周作の原作を読んだのは、確かもう20年近く前。
家には神棚があって、お盆には御墓参りをし、クリスマスにはケンタのチキンを食べる、ごく普通の家庭に育った私には、日本では少数派のキリスト教を扱った物語に、いまひとつ馴染めず、何かとにかく辛く苦しい話、という感想と、読み進めるのも辛く苦しかった記憶だけが残っていた。

 

偶然、予告編で本作の公開を知って、スコセッシが「沈黙」!とゾクゾクしながら劇場で観る日を楽しみにしていた。

 

鑑賞後の感想は、、

これが一言で出てこない。

とにかくすごく感動したのだけど、単純にあぁ良かった!というようなものでなく、これは少し考えないといけないなと思いながら家に帰った。
改めてゆっくり最初から思い返して、再検証してみる。

 

とりあえず、長い。
2時間半越え。ストーリーは、まっすぐ、ゆっくり進む。細部は複雑で幅広い。
17世紀、島原の乱後のキリシタン禁制の敷かれている日本に密航してきた、二人の宣教師、ロドリゴとガルペ。
そこで出会う隠れキリシタンたちは、貧しく粗野で、しかしながら驚くほどの純真さで神を信仰する。痛々しいほどに盲目に。彼らとの関係は、驚きと戸惑いから始まり、わずかな軽蔑を過ぎ、深い尊敬と人間愛へと変わってゆく。
キリシタンへの処罰は容赦ない。
見せしめとばかりに直視に堪えない酷い処刑をする。
しかしそれも、全く無慈悲で、悪の塊のようなものでないこともわかってくる。喜んで処刑しているわけではないのだと。彼らを取り締まる、井上様や通辞は、徹底してはいるけれど、冷血無比というのでもない。
ただ、当時日本ではキリスト教はダメなのだと。
高貴な大志を抱いてやってきた二人も、ここでは侵略者でしかないのだと。

この二つの相容れない思想の間で、村人たちの命を天秤にかけられ、自らの信仰をも揺るがさざるを得ないロドリゴとガルペ。

高波の打ち付ける海岸に、4日間磔の刑にされたのち殉教するモキチを見守る二人には、この死にどんな価値があるのかという虚しい問い、神に見放されたような寂しさ、裏切られたような悔しさ、それでもまだ信じることを選ぶがための葛藤が沸き起こる。神の「沈黙」が初めて重くのしかかる。

 

遠藤周作の長男とスコセッシ監督の対談の記事を読んだ。

映画「沈黙」 遠藤周作の長男とスコセッシ監督 公開直前対談で分かった27年の曲折 (1/4) 〈AERA〉|dot.ドット 朝日新聞出版

スコセッシ : 『文化的に異なる世界観、生活感の違い、国による信仰の違いを描きたかった。』

『私は古今東西を問わず、共通の価値があることがとても美しいと思いました。人間はどうコミュニケーションするか。何に価値を見いだすか。それをどのように分かち合うか。』

遠藤 :『善の中には悪が、悪の中には善が潜んでいる。善と悪は簡単に分けることができないものであって、その中でいかに格闘していくかが人生なのだと父は言っていた。』

『いまの日本は善きものと悪しきものに二分されていて、それが記号的に決められていることも多い。世界的にもそういう風潮にある中、映画を通して、世の中はそうは割り切れないことをみせてほしい。

スコセッシ : 『より閉鎖的でより国家主義になっているこの世の中に対して疑義を唱えるようなきっかけになれば嬉しい。』

 

時々、セリフもなくただ自然の中にロドリゴや村人の姿のあるシーンがある。
その圧倒的な自然の美しいこと!
まるで黒澤明を観ているよう。
そんな自然を神々しいと思う私は、日本人だからだろうか。それともどんな人間にも共通のものだろうか。決して抗えないもの。何も言わず、ただそこにあるだけで、畏怖させ、安堵させるもの。

 

自分が信仰を捨てれば、村人たちの命が救われる。。。
ロドリゴは結局、踏み絵を踏む。
しかし敗北としてではなく、さらに深い信仰に根ざした「愛の行動」として。
最後の最後の瞬間まで迷いがある。私たちには敗北ではないとわかっていても、彼にとってはそれは取り戻しのつかない背徳。

このとりわけ引き伸ばされた時間。このほんの数歩で変わる、あまりにも多くのこと。
その全てを観客は静かに見守ってきたから、一緒に涙する。安堵と落胆と賞賛の入り混じった思いで。このシーンは格別に美しい。

 

結局スコセッシは、人間の弱さも、神の容赦ない沈黙も批判しない。

ロドリゴが最後にたどり着いた答えは、宗教や信仰に対して、ひどく無知だった私にも大きなヒントを与えてくれた。フランス語字幕で観たので拙訳を。正式な日本語字幕はどんなかしら。

 

『たとえ今日まで神が沈黙を貫いたとしても、私のすること全て、私がしたこと全てが彼についてを語る。私は沈黙の中でこそ、彼の声を聞いた。』

 

エンターテイメント性は低いので、退屈したという意見もちらほらあった。
確かに、口に入れた途端溶ける綿菓子のようなものではなく、しっかり何度も噛まなければ消化できない映画。

良い芸術は、説明がなくともすぐに感動させられるものであるべき、と思っているので、星4つにしたけれど、それは私が未熟だからなのかも?

良い芸術は、受け取る側の教養や感性の高さによっても作られる。この作品も、きっと観る人によっては、星5つの価値があるんだと思う。

 

改めて遠藤周作の原作も読んでみようかな。

 

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またこのポスターの美しいこと。。!